3、私の中の般若心経 ~~照見五蘊皆空(一喜一憂するなかれ)

私の中の般若心経~照見五蘊皆空(一喜一憂するなかれ)~

最近、テレビを見ていたらよく思うのが、私が若かった頃のアイドルや俳優だった芸能人を見ると「年をとったな」と印象を受けます。その分、自分自身も年をとっていっているのですが久しぶりにテレビで見る芸能人には脅かされます。

私は、今まで同窓会に一度も行ったことがありません。毎年実家の方にお誘いのハガキが来ているみたいですが、どうしても行く気になれないのです。それはテレビで見る芸能人のように老けている同級生(特に異性)をあまり見たくはないからです。

やはり、学生の頃の良い思い出はそのままに、青春時代を心の中だけでもストップさせておきたいのです。

以前にガッツ石松さんが同窓会で髪の毛が薄くなった同級生に向かって

『お前、老けたな いくつになったん?』と聞いたことがあるみたいです(笑)

そう質問したくなる気持ちはわかりますが、そんな同窓会にはわたしは参加したくないのです。

私の髪の毛も年をとるにつれ白い毛が目立ってきました。目尻や目の下はしわが増え、若い頃とは違い車を運転していても動体視力や反応が悪くなっているのを実感します。

この世の何もかもは、時の流れによって変化していきます。

人間どれだけ長く生きれても100歳前半で生涯を終わります。

建物も道路を走っている車も文化も気候もどれをとっても流動的で何一つ留まっていることはありません。

今現在、不運命な状況下に置かれている人でも数年後には幸せになっていることもありますし逆の人生もあります。失恋しても後にもっとよい彼氏や彼女が現れることもありますし、今現在仕事が上手くいっていなくても先々は出世される方もおられます。

逆に今は順風満帆に人生を送っていて、仕事も上手くいっておりそれなりの稼ぎがあるかたも先々のことを考えずに『もうけ使い』をしてしまい老後破綻を招く結果になったり、運よく宝くじに当たり生活レベルが上がった人でも、お金のトラブルに巻き込まれ自己破産や亡くなるケースもあります。

このように、この世はなにごとも流動的で同じ状況や同じ場所に留まっていることはありません。

物質的な物もいつか無くなる運命にあります。

照見五蘊皆空  しょうけんごうんかいくう

『照見しょうけんとは徹見のことです。徹見とは見通すことです。

この照見五蘊皆空は五蘊ごうんくうが大事なワードになってきます。

五蘊とは五つの集まりで、この世におけるすべての事物を指します。

1、身体を含む物質は生きていても死んでいても、物質を組織して作られた複合体

です。【色】

2、我々の感受作用 心で感じ受けとめることです【受】

3、我々が心に想うこと 知覚したイメージを記憶に保ち、再び心に現れた作用

要は印象に残ったことや考えていることなどを自ら思いだしたり何かの拍子で思い出す作用のことです【想】

4、我々の意思作用 意欲 目的追求的な行動を意識的に自己で決定することです 【行】

5、様々な物事を識別する作用のことです【識】

この五つの作用が五蘊の示すところです。

一方、『空』というのは、固定的な実体をもっていないということです。

すべては変化し流動的だという意味です。

何事にも生き物や物事には寿命があり、何十年 何百年 何千年 何億年・・と時が流れている限り、一つとしてこの世に留まっていることがありません。

あ~なんと無情なことかと嘆いていても、この瞬間 瞬間に時が経ち空になります。

何度も繰り返しますが、この世の現実は流動的であります。

人生、何かに悩むとか悲しむとか、誰かにムカくつとかがあると思います。

ポンタヌちゃんがよく言っているのは『泣いて生きるのも一生、笑って生きるのも一生、どうせ生きるなら笑って生きなければ損』

なので、いたずらに一喜一憂しないで、頑張って努力して前に進んでいきなさいということが『五蘊皆空 ごうんかいくうの意味するところだと思います。

わが家の西円寺蓮

私の中の般若心経 まとめ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 写経・般若心経へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。